夜半の逢瀬
コンコン、コン。 二回、そして一拍の間を置いてもう一回。私室の窓が叩かれる。そろそろ眠りにつこうかとベッドに身体を横たえていたデデデは、枕元の小さなランプに明かりを灯し、窓に近寄った。 「今日は遅かったな」 鍵を開ければ、冷気を伴った小さな身体が音も立てずにそっと室内に入り込む。夜風が冷えてくるような時期であっても、彼はこの気紛れな訪問を止めることはなかった。 「色々と雑事を片付けていてな」 気品すら感じるしなやかな動作でソファへ落ち着いたメタナイトは、そう言って仮面の下の表情を少し和らげたようだった。ランプのぬくもりのある明かりが、彼が身に纏っていた冷気をとかしていく。 「大王」 落ち着いた声がデデデを呼ぶ。二人掛けのソファを埋めてくれと言わんばかりに。無論、デデデもそのつもりである。「明日からまた出るのか」 「ああ」 ぎ、と音を立てるソファ。色気の無い会話。それでも重ねられた手。ぬくもりは時に言葉よりも雄弁だ。 「忙しいやつだよな、お前も」 のんびりした気風のこの国で、彼と彼の戦艦、ハルバードの乗組員達だけは忙しなく何処かへ出掛ける事が多い。数週間姿を見ないこともざらにあった。寂しくない、といえば嘘になるが、強さを求め飛び立つ様を見送るのは、共に切磋琢磨している盟友として誇らしくも心強い。 「君もだろう」 するり、と今朝方作ってしまった切り傷を労るように撫でられる。経年劣化で壊れてしまった中庭のベンチを修繕する時に、不注意でできてしまった小さな傷だ。言われなければ他人は気付かないくらいの、小さな。戦士の傷としては面白くもない。 けれど、面映ゆい。こんなにも大切にされているということが。 「……こんなの、傷にもならねぇよ」 「フフ、確かにな。しかし、こんなふうに油断して、私が戻ってきたときに大怪我なんてしていたら許さんぞ」 「へいへい」 今までにも何度も投げかけられた言葉だ。怪我をするな、王を名乗るなら自覚を持て。耳にタコができるくらいに。けれどじっとしていられないのは性分で、カービィとの関係は宿命だ。妙なことに巻き込まれるのは……まあ、王ともなればそういうこともあるだろう。 ともかくデデデにとっては自身の怪我は瑣末で、メタナイトにとっては大いに関心を寄せる出来事であり、そして逆もまた然りだ。 デデデは此方を見上げるメタナイトをじっと見つめた。彼もまた、傷を隠すのが上手い。今は特に無いようだったが。 「……? どうかしたか」 「お前こそ、ちゃんと帰ってこいよ」 「ああ、勿論だとも」 メタナイトが目を細める。それから、重ねていたデデデの手を取り、くちづけた。仮面の冷たい感触が、デデデの素肌を撫でる。 「君のところへ帰るよ」 「――気障なやつ」 彼のこういう気取ったような素振りは、実のところよく似合っていて嫌いではない。けれどデデデも素直に受け取れる性質ではなく、捻くれたような言葉が出てしまう。それでもメタナイトは満足そうだ。
いつの間にか、窓から月が見えるようになっていた。盛り上がっていた会話がふと途切れる。そろそろ帰らなければ、明日に支障が出るだろう。指揮官が寝不足でフラフラなど格好がつかないにも程がある。けれどどうにも名残惜しく、デデデはぼんやりとメタナイトの影を見つめる。 「もう、こんな時間か。君と話をしていると時間が経つのが早いな」 「そうだな。……ま、お前もそろそろ帰らなきゃならんだろうし今日はこれでお開きにするか」 言うなりデデデは立ち上がる。今生の別れになるわけでもない、と努めて寂しさを隠しながら。 「では、また」 メタナイトのマントが床と擦れ合い、音がする。冷たい感触が額に触れて、まばたきのうちに夜風の匂いがした。 「君のそういうところは本当に可愛らしいな」 「……お前のそういうところ! ほんっと可愛くねぇ!」 寂しさを見透かされた悔しさに吼える。さっさと帰れ! と追い払うように窓を閉めると、楽しげに肩を震わせながら帰っていった。 はー、と長く息をついて、それからデデデはまた元のようにベッドに入る。額に残る感触にどこか浮足立った気持ちになりながらも、やがて微睡み、眠りについた。
2026/01/31